MENU
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
AD
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
  1. ホーム
  2. 国際
  3. 国境を越えて育つ、スロベニアの野球

国境を越えて育つ、スロベニアの野球

2026 5/01
国際
2026年5月1日
サン・レターズ・プレス(ゲスト)
スロベニア ナショナルチームのエース=Jaka Veselinovič(ヤカ・ヴェセリノヴィチ)選手
スロベニア ナショナルチームのエース=Jaka Veselinovič(ヤカ・ヴェセリノヴィチ)選手(写真提供:ヤカ・ヴェセリノヴィチさん)

ヨーロッパの小さな国、スロベニア。人口は約200万人で、日本の四国ほどの大きさがある。イタリア、クロアチア、ハンガリー、オーストリアに囲まれている。国土の約6割を森林が占める自然豊かな国だ。

スロベニアといえば、スキージャンプの強豪国である。ドメン・プレヴツ選手が広く知られている。2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの金メダリストだ。妹のニカ・プレヴツ選手も同大会で銀メダルを獲得した。

日本の高梨(たかなし)沙羅(さら)選手は、この地をトレーニング拠点としている。小林(こばやし)陵(りょう)侑(ゆう)選手も大会や合宿でたびたび訪れている。

スロベニアでは近年、スキージャンプ以外で、ゆるやかに存在感を増しているスポーツがある。日本ではおなじみの「野球」だ。

スロベニアの野球はどのように成り立っているのか。ダーリャ・グリムシッチさんに話を聞いた。

グリムシッチさんは「Baseball & Softball klub(ベースボール・アンド・ソフトボール・クラブ・リュブリャナ)」の指導者だ。

15年以上にわたり、トップチームとジュニア世代の両方を指導してきた。

このチームはヨーロッパ野球連盟のメンバーであり、筆者の娘が所属するクラブチームでもある。

ダーリャ・グリムシッチさん
ダーリャ・グリムシッチさん

「私たちの試合は、常に国際的です」と話すダーリャさん。

スロベニアの野球クラブは全国で8チームある。シニアカテゴリーに限れば4クラブだ。国内リーグだけで競技を成立させるには十分とは言えず、国外との対戦が不可欠になる。

日本にいたとき娘は、地元チームの選手に過ぎなかった。だがスロベニアではナショナルチームの一員だ。スロベニア代表のジュニア選手という責任を背負ってプレーしている。

ある週はセルビアへ、次の週はクロアチアへ。チームメイトたちと遠征試合に出かけていく。

スロベニアでは野球選手の多くがアマチュアとして活動している。野球以外の職業をもちながらプレーを続ける。

スロベニアに希望を与えたのは、ワールドベースボール・クラシックにおけるチェコ代表の活躍だった。プロではない選手たちが世界の舞台で戦う姿は、多くの人々の心を動かした。

特に対日本戦では、オンジェイ・サトリア投手が大谷翔平選手から三振を奪って大きな話題となった。サトリア投手は電気技師として働きながら野球をやってきた。

ワールドベースボール・クラシックでの活躍をきっかけに、チェコの野球を支援する日本企業も現れている。

ダーリャさんは語る。

「とても美しいストーリーだと思います。こうした(国境を超えたプロとアマチュアの)交流は、野球がまだ発展途上にある国々にも非常に良い影響を与えています」

アマチュア選手の活躍が日本企業による支援につながった影響は、スロベニアにも波及している。スロベニア中部の町、セヴニツァでは若者たちが自らクラブを立ち上げた。現在はグラウンド整備を進めながら、すでに試合も行われているという。

一方で課題もある。グラウンド不足や資金面の制約は、競技の発展にとって大きな壁となっている。それでもダーリャさんは、未来に対して前向きだ。小学校での指導や大会の開催など、子どもたちへの普及活動に力を入れている。

小さな国《スロベニア》の、まだ小さな競技《野球》。しかしその内側では、国境を越えた交流と、次の世代へとつながる動きが静かに広がっている。
【スロベニア在住 島田茜子】

○ 島田茜子(しまだ・あかね)○
南山大学哲学科卒業。ハンガリーやニューヨークなど、異なる文化や言語環境での生活を10年以上継続してきた。チェロを演奏し、保育園や学校では音楽企画を行う。日本文化のワークショップや日本語ボランティアなど活動は多岐に渡る。夢は小説家になること。スロベニア在住。

関連記事

あわせて読みたい
センバツ唯一 決勝戦のサヨナラ本塁打 65年の友情はこの時から始まった 2025年3月22日、春の選抜高校野球(以下 センバツ)で高松商業と早稲田実業が対戦した。この日、甲子園球場3塁側アルプス席に2人の男性がいた。山口冨士雄(やまぐち ふじお)さんと吹野勝(ふきの まさる)さんだ。
あわせて読みたい
コロナ禍の出場辞退乗り越え 客室乗務員(CA)めざす女子野球選手(後編) ~神戸弘陵学園出身の坂根... (前編より つづく)女子の高校野球では、全国大会の決勝戦だけが甲子園球場で行われる。3年生最後の夏、優勝候補だった神戸弘陵学園は、全国大会の準々決勝まで進んだ。チーム内に新型コロナウイルスの感染者が出たことで、準々決勝の当日に出場辞退を余儀なく・・・
あわせて読みたい
原爆に散った広島市長 粟屋仙吉の青春時代 ②〈部活動編〉 (〈学業編〉よりつづく) 広島に原爆が投下されたとき、広島市長は粟屋仙吉(あわや せんきち)だった。仙吉は青春時代を鳥取県の米子ですごしている。鳥取県立米子中学校に通った。学業成績が優秀で、運動にも秀でていた。野球部と柔道部を…

Ad

国際
スロベニア ナショナルチームのエース=Jaka Veselinovič(ヤカ・ヴェセリノヴィチ)選手

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

Follow @saninpress
この記事をシェア

おすすめの記事

  • 公演終了後、観客に挨拶をするチェコ国立バレエ団の出演者たち(1列目、右から2番目が井口陽花さん)
    チェコ国立バレエ団 香港公演開催
    2025年3月11日
  • 毛氈(人形の下に敷いてある赤い布が「毛氈」)
    明治元年創業 鳥取県の老舗企業「人形のウエダ」が神奈川移転 毛氈販売へ転換
    2024年10月13日
  • 神戸弘陵学園にいたころの坂根凜(さかね・りん)さん
    コロナ禍の出場辞退乗り越え 客室乗務員(CA)めざす女子野球選手(前編) ~神戸弘陵学園出身の坂根凜さん~
    2025年10月14日
  • 地上を歩く、オーストラリアブッシュターキー
    飼われていない野生のニワトリ? 「オーストラリアブッシュターキー」【動物目線のオーストラリア暮らし】(第3回)
    2026年4月24日
  • 「パレスチナを自由に!」を叫ぶデモ(オーストラリア時間2025年8月24日)
    オーストラリアの移民問題 【日本人が感じたオーストラリア事情】
    2025年9月19日
  • オーストラリアの語学学校で学ぶ田成陽乃さん(いちばん左)(動物病院のインターンシップに参加するには一定の英語力が必要だった)
    獣医をめざしてオーストラリアへ(第2話) 「オーストラリア日本野生動物保護教育財団」で学ぶ 田成陽乃さん
    2026年4月9日
  • 一緒に作業をするクリスさん(右)と典子さん(左)
    アメリカから移住の夫婦 自宅改築で国際交流センター
    2024年4月5日
  • 米子鬼太郎空港に設置された外貨自動両替機(中央の黄色い機械)
    (外貨は現金書留で送れない?)グレーターベイ航空米子香港便 搭乗体験記⑤
    2025年4月30日
Ad
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ

© San Letters Press|記事や画像等の無断使用を禁じます。

error: Content is protected !!