MENU
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
AD
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
  1. ホーム
  2. 国際
  3. 乾杯の歌が流れる夜(前編) スロベニアの建国記念日

乾杯の歌が流れる夜(前編) スロベニアの建国記念日

2026 7/17
国際
2026年7月17日
サン・レターズ・プレス(ゲスト)
スロベニア建国記念日の式典中、国旗の前で国歌を演奏するオーケストラ=2026年6月25日 於:カムニク市内の野外劇場(photo by Miro Hrkalović)
スロベニア建国記念日の式典中、国旗の前で国歌を演奏するオーケストラ=2026年6月24日 於:カムニク市内の野外劇場(photo by Miro Hrkalović)

かつてスロベニアはユーゴスラビアの一部だった。1991年にスロベニアが独立を宣言すると、ユーゴスラビアは承認せず武力侵攻を始めた。10日間の戦闘を経てスロベニアの独立は達成された。これを「10日間戦争」という。

6月25日は、スロベニアの建国記念日である。スロベニア人にとって、とても大切な祝日だ。前日の夜になると、各都市で建国を祝う式典が開かれる。

2026年6月24日、スロベニア中北部の都市、カムニク市でも野外式典が行われた。

午後8時になると、夕暮れの空にドラムの音が響き渡る。儀仗隊(ぎじょうたい)が入場すると、それまで談笑していた人々が静かに立ち上がり、全員の視線が国旗へと向けられた。

スロベニアの国旗は、スラブ系民族の連帯を象徴する白・青・赤の三色からなる。左上の位置には、この国を表す3つのモチーフが描かれている。

白い山は、スロベニア最高峰のトリグラウ山を象徴している。青い波はアドリア海と豊かな河川を表す。3つある金の星は、この国の発祥であるカルニオラ公領の紋章に由来する。

スロベニアの国旗(スラブ系民族の連帯を象徴する白・青・赤の三色からなる。左上の位置には、この国を表す3つのモチーフが描かれている)
スロベニアの国旗(スラブ系民族の連帯を象徴する白・青・赤の三色からなる。左上の位置には、この国を表す3つのモチーフが描かれている)

指揮者が厳(おごそ)かに右手を掲げ、国歌の演奏が始まった。スロベニアの国歌は「ズドラウリツァ(乾杯)」という。国民的詩人のプレシェーレンが、1844年に書いた詩をもとにした歌詞だ。

「すべての民族が生き、争いがこの世から消え、敵ではなく隣人として国境を接する日が来ますように」

他の国々によくある、勝利や栄光をうたう内容ではないところが、スロベニアという国の価値観をよく表している。

演奏を行ったオーケストラのメンバーには、ユーゴスラビア時代を実際に知る人たちも多い。スロベニア独立から10日間戦争を自分の目で見てきた世代だ。

外国から来た者にとって「1991年」は歴史の一項目に過ぎないが、彼らにとっては人生の記憶そのものだ。同じ時代を生きた仲間たちが、共に祖国の国歌を演奏できる。あらためて特別な時間だと感じられる。

舞台(ぶたい)袖(そで)で、チェロパートのメンバーが「スロベニア」という国名の由来を教えてくれた。語源は諸説あるが、広く語られているのは、古いスラブ語の「slovo(スロヴォ)」だという。「言葉」という意味がある。

「言葉を共有する人々」という意味が込められているのだ、と彼は言った。

たしかに、この国の歴史を振り返ると、言葉を守り抜いてきた歴史でもある。古代ローマ帝国、神聖ローマ帝国、ハプスブルク家。主権者は次々と入れ替わった。そんな中で人々は、家庭や教会、そして文学の中でスロベニア語を守り続けてきた。

19世紀に入ると「統一されたスロベニア」という民族運動により、スロベニア語を話す人々を一つの民族として捉える意識が形成されていく。国境線が引かれるよりずっと前に、言葉によって民族としてのアイデンティティが先に生まれていたのだ。

(後編につづく)
【スロベニア在住 島田茜子】

スロベニア建国記念式典の1つが執り行われた、カムニク市内の野外劇場(昼間の様子)(photo by Miro Hrkalović)
スロベニア建国記念式典の1つが執り行われた、カムニク市内の野外劇場(昼間の様子)(photo by Miro Hrkalović)

○ 島田茜子(しまだ・あかね)○
南山大学哲学科卒業。ハンガリーやニューヨークなど、異なる文化や言語環境での生活を10年以上継続してきた。チェロを演奏し、保育園や学校では音楽企画を行う。日本文化のワークショップや日本語ボランティアなど活動は多岐に渡る。夢は小説家になること。スロベニア在住。

関連記事

あわせて読みたい
乾杯の歌が流れる夜(後編) スロベニアの建国記念日 (前編より つづく) 6月25日は、スロベニアの建国記念日である。前日の夜になると、各都市で建国を祝う式典が開かれる。2026年6月25日、スロベニア中北部の都市、カムニク市でも野外式典が行われた。 式典では午後8時からの国家演奏に続いて、スロベニア共和国が成立するまでの…
あわせて読みたい
国境を越えて育つ、スロベニアの野球 ヨーロッパの小さな国、スロベニア。人口は約200万人で、日本の四国ほどの大きさがある。イタリア、クロアチア、ハンガリー、オーストリアに囲まれている。国土の約6割を森林が占める自然豊かな国だ。 スロベニアといえば…
あわせて読みたい
有刺鉄線の道 記憶を歩く(前編)スロベニアの首都リュブリャナの33キロ 遊歩道の起源は第二次世界大戦にさかのぼる。 1941年、ドイツ・イタリア・ハンガリーによって、現在のスロベニアは分割占領された。リュブリャナ(当時はリュブリャナ州)は、イタリアの支配下に…
あわせて読みたい
有刺鉄線の道 記憶を歩く(後編)スロベニアの首都リュブリャナの33キロ (前編よりつづく) スロベニアの首都リュブリャナを囲む遊歩道の起源は、第二次世界大戦にまでさかのぼる。 当時、スロベニアは分割占領されていた。リュブリャナを統治したイタリア軍は、周囲に有刺鉄線と監視拠点からなる包囲線を築いた。チトー率いるパルチザンによってリュブリャナは…

Ad

国際
スロベニア建国記念日の式典中、国旗の前で国歌を演奏するオーケストラ=2026年6月25日 於:カムニク市内の野外劇場(写真提供:Simfonični orkester Domžale -Kamnik)

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

Follow @saninpress
この記事をシェア

おすすめの記事

  • 朝7時30分ごろの「クラウド・カウンティー・コミュニティ・カレッジ」
    風を越えて ~棒高跳び 坂口ジャスミン紫苑 世界への助走~ ②
    2025年8月3日
  • 米子鬼太郎空港
    (空港で拾ったお金はどうなる?)グレーターベイ航空米子香港便 搭乗体験記⑥
    2025年5月22日
  • 米子鬼太郎空港に設置された外貨自動両替機(中央の黄色い機械)
    (外貨は現金書留で送れない?)グレーターベイ航空米子香港便 搭乗体験記⑤
    2025年4月30日
  • Sōma Yauchi studying abroad in the Philippines, standing in front of the main gate of Benguet State University. (Photo courtesy of Benguet State University staff.)
    アスリートを「通訳する人」が「かっこいい」(前編) フィリピンのベンゲット州立大学で英語チャレンジ 屋内壮馬さん
    2026年2月11日
  • アメリカの大学で棒高跳びの練習をする坂口ジャスミン紫苑さん
    風を越えて ~棒高跳び 坂口ジャスミン紫苑 世界への助走~ ①
    2025年7月10日
  • 小汀剛史さんが育てている多肉植物(アガベチタノタ)
    「挑戦に無駄なことなどない」 ロックバンド「Supe(シュープ)」「Porehead(ポアヘッド)」の元ギタリスト 異分野で会社経営(後編)
    2024年6月6日
  • グラウンドゴルフを楽しむスペインの人たち
    「ヨーロッパ・グラウンド・ゴルフ協会」 初代会長にスペイン在住の日本人(前編)
    2025年6月30日
  • パプリカを動物に見立てて内視鏡の操作に挑戦する田成陽乃さん(左)(AJWCEF野生動物保護救護・臨床トレーニングコース=於:カランビン野生動物専門病院)
    獣医をめざしてオーストラリアへ(第3話) 「オーストラリア日本野生動物保護教育財団」で学ぶ 田成陽乃さん
    2026年4月16日
Ad
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ

© San Letters Press|記事や画像等の無断使用を禁じます。

error: Content is protected !!