
(前編より つづく)
6月25日は、スロベニアの建国記念日である。前日の夜になると、各都市で建国を祝う式典が開かれる。2026年6月25日、スロベニア中北部の都市、カムニク市でも野外式典が行われた。
式典では午後8時からの国家演奏に続いて、スロベニア共和国が成立するまでの歩みについてレクチャーが行われた。
ハプスブルク家の支配下では、カルニオラ公領を中心とする一地方都市に過ぎなかったスロベニア。
第一次世界大戦後は、オーストリア=ハンガリー帝国の崩壊とともにユーゴスラビア王国へ編入された。第二次世界大戦後には、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の、いち共和国となる。
1980年、ユーゴスラビア大統領チトーが亡くなった。連邦をまとめていた求心力が弱まり、民族対立が表面化していく。
その中で1991年6月25日、スロベニアはついに独立を宣言する。直後、ユーゴスラビア連邦軍との間で「10日間戦争」と呼ばれる武力衝突が起こったが、国際社会からの承認へとこぎつけた。
「当時、5歳だったよ。サイレンの音をよく覚えている」
「毎年この日が来ると、おじいちゃんは泣いて喜んでいる」
国歌を演奏したオーケストラのメンバーが、誇らしげに語る。式典という華やかな場の裏側で、それぞれが抱えてきた記憶があることを、あらためて意識せずにはいられなかった。
スロベニアの建国記念日は、「独立を勝ち取った日」ではない。長い歴史の中で守り続けてきた言葉や文化が、ようやく1つの国家という形になった日だ。そして、平和の大切さを確認する日でもある。
各地で式典が開かれ、音楽が演奏されるのは、その記憶を、世代を超えて受け継ぐためなのだろう。
この夜、国歌を演奏していたメンバーたちのように、記憶を自分の体で覚えている世代がいる限り、この日は単なる祝日以上の重みを持ち続ける。
式典が終わると、次は「楽しい音楽の時間」だ。ワインを酌み交わす人々に向けて、オーケストラは奏で始める。2026年はシャンソンやタンゴなど、情熱的で明るく爽やかな曲が中心だった。
国家とは、制度や国境だけでできるものではない。人々が受け継いできた言葉、文化、そして記憶。その積み重ねが、毎年6月に、音楽とともによみがえるのである。
【スロベニア在住 島田茜子】


○ 島田茜子(しまだ・あかね)○
南山大学哲学科卒業。ハンガリーやニューヨークなど、異なる文化や言語環境での生活を10年以上継続してきた。チェロを演奏し、保育園や学校では音楽企画を行う。日本文化のワークショップや日本語ボランティアなど活動は多岐に渡る。夢は小説家になること。スロベニア在住。
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