台湾出身で、台湾と日本をつなぐ米「蓬莱米台中六十五号」を使った日本酒づくりに取り組む陳韋人(ちん・いにん)さん(43)がこのたび、集大成ともいえる日本酒「台中六十五再醸」を完成させた。
再醸とは、酒を醸造して酒を造る手法で、日本酒では珍しいという。台中六十五再醸は、前年にできた日本酒を用いて醸造し、それをもとに翌年も醸造していく。継ぎ足しながら継承されるうなぎ屋の「秘伝のたれ」のようなイメージだ。
陳さんは台湾出身。台湾にはない日本神話の魅力に惹かれ、島根大学に留学したのをきっかけに島根との縁が生まれた。大学時代に島根の日本酒を飲んで日本酒のおいしさに目覚めた。
その後、山口県の獺祭や島根県の李白などに関わりながら酒造りの道に進んだ陳さん。やがて自分のオリジナルな日本酒を造りたいと思うようになった。自らの日本酒に使うべき米について探求する中、たどり着いたのが「台中六十五号」だった。
台中六十五号は日本米の栽培に適さないとされていた台湾で、1929年に初の日本米交雑種として完成し、病気に強く多く収穫できるとして主力となった品種であり、台湾の稲作にとっても重要な意味を持つとされている。これは島根県の「亀治米」と兵庫県の「神力米」を交配して開発されたもので、島根にゆかりのある米だ。
陳さんは現在では生産が途絶えていたその米を自ら田んぼで育てるところから始め、酒蔵で働きながら蔵の一部を借りて自分の酒の醸造を始めた。
2021年には合同会社「台雲酒造」を出雲市斐川町で立ち上げ独立。本格的に自分の酒造りに取り組み始めた。2023年に「会社のアイデンティティ」ともいえる「台中六十五再醸」の第一弾が完成。
2024年は初めて「再醸」を再醸した日本酒が完成した。
陳さんが持つ設備では日本で酒を造って売る資格を取得することが難しく、ターゲットは台湾をはじめとした海外の日本酒ファンだ。
「再醸」も日本で味わうことは難しいが、島根と台湾にルーツを持ち、島根の地ではぐくまれたこの酒は海を越えた先で多くの人の心をつかんでいる。
陳さんはこの酒の魅力について「継ぎ足して造るからどんな味になるか分からないのが面白い。歴史の味を感じてほしい」と話す。現時点では「再醸」の生産は赤字だが、何年も続けることでビンテージ物として価値が増すと信じる。
「この酒が台湾と日本の歴史的つながりを知るきっかけになってほしい」と語る陳さん。目標はこの再醸を100年続け、台中六十五号とそこに込められた物語を未来につないでいくことだ。