
獣医をめざす田成陽乃(たなり・ひの)さんは、日本の大学を休学してオーストラリアに留学した。第一の目的は、動物病院のインターンシップに参加することだった。参加のためには語学力の試験を受けて、一定の英語力を満たさなくてはならない。
「オーストラリア日本野生動物保護教育財団(以下 教育財団)」の支援で、語学学校に通った。必死で勉強した。試験の結果は不合格だった。
あきらめきれない。少しでもインターンシップに関われないか。教育財団のスタッフに頼み込んだ。
スタッフが動物病院にかけあってくれた結果、もう一度だけチャンスが与えられた。
2026年3月に、教育財団が開催するトレーニングコースがある。これを受講する中で、英語力があると判断されれば、期間を短縮してインターンシップへの参加が許されることになったのだ。
3月1日から3月9日まで 田成さんは9日間のトレーニングコースを受講した。

トレーニングコースでは、オーストラリア固有種の解剖を学んだ。模型や死体を用いて治療法について実践したり、模擬診断を行ったりした。入院管理について、環境整備や動物に餌を与える方法を学んだ。
野生動物を相手にするということで、動物の症状や求められる治療方法がペットなどとは異なっていて興味深い。
野生動物に対する飼育管理や治療法が確立されていて、目から鱗が落ちる思いだった。寄付の量やボランティアの数など、動物保護に対する意識の高さにも驚いた。
トレーニングコースの休憩中に、動物病院のスタッフによる面接があった。
「日本では学べないことを学びたい。動物のケアだけではなく、動物と人との関わりをみたい。どうケアするかだけでなく、なぜそれをするのか……」
極度の緊張の中、田成さんは道半ばの英語で必死に訴えた。
結果、2週間だけインターンシップへ参加することが決まった。田成さんの熱意が認められたのだ。

留学前に想定していた4週間に比べると、半分に短縮された期間だ。1日も無駄にできない。
インターンシップでは、獣医や看護師の間近で診察を見て学んだ。現地の獣医学生が投薬の実技をやっている様子を見させてもらった。診断や治療についての説明を受けたりもした。
参加は認められたが、田成さん自身は日常の英語もままならないと感じる状態だ。さらにインターンシップ中は、専門用語が英語で飛びかう。
ついていくのに必死だった。現地の学生に、あとからゆっくり説明してもらって、ようやく理解した。獣医や看護師も気をつかって、ゆっくり説明してくれた。
動物はオーストラリアの固有種で、日本では見たことのないものばかりだった。多くが鳥類で、あとは爬虫類や有袋類だ。
日本の大学で学んできたことや、授業であまり触れてこなかったような知識が必要となる。専門知識と英語で頭がパンクしそうだ。
(やっぱりダメだったんだなあ)
すごく悔しかった。動物病院のスタッフにも迷惑をかけて申し訳ない。教育財団のスタッフに、やさしい言葉をかけてもらって救われた。実家で飼っている猫の写真が、母から定期的に送られてくる。それが心の支えだった。
(これまでの時間を無駄にしないためにも、できないなりに割り切って、できることから頑張ろう)
治療のゴールは、野生復帰ができるかどうかが目安だ。ペットの動物のように、手厚いケアで時間をかけて治るまでゆっくり治療を行うわけではない。
野生で暮らしてきた動物にとっては、治療自体がストレスになりかねない。飼育されている動物と違って、症状も野生動物ならではだ。
日本で学んでこなかったことが、荒波のように次々と押し寄せてくる。英語と専門用語、新たな専門知識との格闘が続く。
田成さんは2週間を、あっという間に駆けぬけた。

苦労してやり遂げたいま、人生の中でもすごく大きな経験をしたと思う。支えてくれた教育財団のスタッフ。動物病院の人たち。応援してくれた両親……。
多くの人たちへ感謝の気持ちでいっぱいだ。
オーストラリアへ向かうきっかけは、大学の授業中に浮かんだ疑問だった。
「野生動物を、やみくもに保護することだけが正解ではないのか?」
答えは、まだ出ない。
しかし、オーストラリアでの経験を通じて、完璧でなくとも理想に近づいたと思うことのほうが多い。
2026年4月、田成さんは日本の大学へ復学した。さらに2年間、獣医師の国家試験に向けて勉強に励んでいく。
子どものころから動物が好きで、獣医になることを夢見て歩んできた。大学受験の浪人生活では、将来に迷ったが乗り越えた。オーストラリアでは言葉の壁が立ちふさがったが、最後まで歯を食いしばって乗り越えた。
「私たちはいつも決断をしないといけない」
インターンシップのときに、動物病院の獣医師が言った言葉が強く印象に残る。
遥か遠く、南の地ですごした日々に思いを巡らせながら、田成さんは未来へと心を向けた。
「将来、自分で決断する責任を負わなければならなくなったとき、その決断が正解であるように、これからも学びたいと思います」
彼女は、確実に夢へと大きく近づいた。
(完)

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