
はじめてサーフィンをやったとき、波に乗れたのは、ほんの数秒だった。
波に押されて滑り出した瞬間……。
体験したことのない新しい感覚だった。力を入れなくても波が体を押してくれる。海の上をサーっと滑らせてくれる。言葉で表せないような気持ちよさが、いまも残っている。
勝部竜海(かつべ・たつみ)さんは、島根県でプロのサーファーをめざしている。勝部さんは国体の武術太極拳(ぶじゅつたいきょくけん)で、準優勝した経歴を持つ。サーフィンを始めたのは、32歳のときだ。
2022年11月ごろ、勝部さんは武術太極拳を引退した。家族旅行を兼ねて、武術で世話になった先輩に挨拶に行った。訪問先は宮崎県だった。先輩からサーフィンを教えてもらって興味を持った。
直感で「これをやりたい」と思った。
勝部さんは14年間、武術太極拳を続けてきた。人生の軸になっていた武術をやめ、まっさらな感覚で新しいものに触れたこともあって、なおさらそう思えたのかもしれない。
2023年、33歳のときに勝部さんは、サーフィンのプロ選手になろうと決意した。勝部さんには、プロスポーツ選手への強い憧れがあった。日本には武術太極拳のプロ制度がなかった。プロ級の技術を持ちながら、武術太極拳ではプロになる夢が叶わなかったのだ。
サーフィンにはプロ制度がある。当時、島根県にはサーフィンのプロ選手がいないと聞いていたので、余計に挑戦したくなった。
勝部さんは、決意した当時を振り返る。
「サーフィンを軽くみているわけでもなく、覚悟が必要だとは思っています。競技は違いますが、スポーツで一度人生を賭けて挑戦した経験があったので、もう一度何かに挑戦したい気持ちもあってそう思いました」

サーフィンは海に波がなければ練習ができない。波が毎回ちがうため、同じ波での反復練習ができないのが難しいところだ。他のスポーツと違う特徴でもある。プロのサーファーをめざす場合、波がある地域に移住する者が多い。
勝部さんは、生まれ故郷の島根県を拠点にプロをめざしている。島根はサーフィンの練習が十分にできるほど、波が多いとはいえない。波の多い地域に比べると試合の数も少ない。
勝部さんは移住する気はないという。島根が好きだ。環境が整っていないところでも「なんとかする」精神で取り組むのが好きだ。困難を乗り越えてできるようになるほうが、おもしろいと感じる。
武術太極拳をやっていたときも、島根は決して恵まれた練習環境とはいえなかった。動画配信サイトを活用して独学に近い形で学んだ。大阪や本場の中国へ遠征することで、実践を通して高度な技を身につけた。
試合用の床は、危険防止のために専用の絨毯で保護されている。島根では板張りの床の練習場しかなかった。試合用の床で練習できるところがない。代わりに畳の上で危険な技を練習するなど工夫した。
33歳でプロのサーファーをめざすと決めたとき、家族の反対はなかったのか。妻の反応は、まったく逆だった。
「いいじゃん! がんばって!」
家族は一丸となって勝部さんの夢を支える。子どもは、一緒にサーフィンをやりたいと言う。勝部さんの練習を見るために、家族で一緒に海に行くこともある。
練習のとき、動画を撮らなくては自分のライディングを研究できない。サーフィンの場合、固定のカメラで動画を撮ることが難しい。自然がつくり出す波に乗るので、被写体であるサーファーが波にまかせて移動するからだ。
広い場所や沖で練習するときは、さらに撮影が難しい。このようなとき、妻が練習の様子を撮影して支える。
試合で遠征したとき、子どもから応援メッセージの動画が送られてきた。
「おとうさん、サーフィンがんばってね。ぜったい、ゆうしょうしてね」
撮影したのは妻だった。

勝部さんは家族の支えに感謝を伝える。
「めちゃくちゃ嬉しいです。まだ実績も技術もないのに文句ひとつ言わずに応援してくれるのはすごくありがたい。感謝しています。いつも家族のおかげでサーフィンができていると思っています」
サーフィンに出かけても、文句を言われたことは一度もない。だからこそ結果を残したいし、早くうまくなりたい。
家族を犠牲にしてサーフィンにのめり込んでいるわけではない。サーフィン以外の仕事で生計を立てたうえで、プロをめざしている。勝部さんがいちばん大切にしているのは家族との時間だ。
「家族を犠牲にして自分のやりたいことに打ち込むというのは、僕はちょっと違うかなと思っています。犠牲と協力は違うかなぁと」
子どもたちが家にいる時は一緒にすごし、家族の予定を優先する。それでも出かけなければならないときがある。そのときは妻と子どもたちへの感謝を忘れない。
家族を大切にするからこそ、限られた時間で技術を身につけたい。集中して練習に取り組まないといけないと思う。
親として、やりたいことをやって楽しく生きている姿を見せることも大切だと考える。守るべきものは守って、軸を崩さず、妥協せず、自分のやりたいことに精一杯取り組む。
武術太極拳をやっていたときは、練習環境に恵まれていたとはいえない。それでも勝部さんは創意工夫で日本の2位まで上り詰めた。
プロのサーファーをめざす今も、練習環境に恵まれているとはいえないかもしれない。
しかし、勝部さんには「家族の絆」という、誰にも負けない最強の「武器」がある。

(前編)は、こちらです。
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