
俳優の仕事をやりたくて始めたのではない。自分が俳優になることを知っていた。俳優になると決めて生まれてきた。生まれる前から決めていた。
延原舞(のぶはら・まい)さんは、鳥取県出身の俳優だ。テレビや動画配信サービスのドラマへ出演することが多い。
鳥取県内の高校を卒業した延原さんは、大阪の外国語大学へ進んだ。大学ではビルマ語を専攻した。ビルマ語の勉強を始めてみると、おもしろかったが、語学の習得には不断の努力が必要だ。
外国語大学を2年で去って、専門学校に入りなおした。犬の訓練士を養成する専門学校だった。専門学校を卒業したが、訓練士にはならずに東京へ引っ越した。拠点を変えようと思ったから、という軽い気持ちだった。
東京でモデルの仕事を始めた。ブライダルショーなどのモデルをやったが、やはり自分は俳優をやりたかったのだと気づいた。
人は醜い物を見た時に心を動かされることがある。モデルは見た目の美しさが重要だ。芝居は美しい姿だけを見せるわけではない。美しい役だけではなく、いろいろな役をやりたい。
芝居を追求しようとおもって、演技のワークショップに通いはじめた。2011年ごろ、ワークショップの講師に紹介されて本格的に俳優の仕事をはじめた。
ときには劣悪な労働環境だったこともある。仲間が次々とやめていった。それでも延原さんは最後までやり通した。
母親や悪役など、さまざまな役をこなす。警察官を演じたこともある。

かつて延原さんは警備のアルバイトをしていたことがある。事件や事故、救護の初期対応をやっていた。犯罪者に遭遇することも、しばしばだった。不審者・不審物の発見や対処が得意になった。被害届を提出するため、警察署へ頻繁に通っていた。
警備のアルバイトを通じて、いろいろな人を見る機会があったことが、俳優の仕事に活かされている。
俳優をやっていれば、苦しいこともある。苦しいからといって、やめたいとおもったことはない。語学も犬の訓練士もあきらめたが、俳優は延原さんにとって、やるのがあたりまえの職業なのだ。
直感に従って行動した結果、東京に引っ越すことになり、自然とモデルになった。モデルを始めると、ほんとうにやりたいことが俳優だと気づいた。
俳優になろうと考えたきっかけは無い。小さいころから心のなかで自分は俳優をやるのだろうと、なんとなくおもっていた。
子どものころは、ほかのことを職業にするという考えは浮かばなかった。高校を卒業していろいろと経験したが、最後にたどり着いたのは、やはり俳優だった。
延原さんは言う。
「俳優をやると決めて生まれてきました。生まれる前から決めていました」
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