舞台芸術を活用し建設業の経営革新 歌手・俳優出身 新社長の挑戦

会社設立26周年イベントで自ら歌唱するアサヒ技研工業の朝日山裕子社長(中央の赤いドレス)=2024年6月

島根県出雲市に、舞台芸術を広報活動に取り入れることによって、建設会社の経営革新を目指す新社長がいる。有限会社アサヒ技研工業(以下 アサヒ技研工業)の朝日山裕子(あさひやまゆうこ)さんだ。

朝日山さんはソプラノ歌手や俳優・演出家だった経歴を持つ。2024年3月に家業を継承する形で代表取締役社長に就任した。得意分野である演劇や音楽などの舞台芸術を活用して、広報や営業活動を行う。「支援」という形で文化事業を奨励する建設会社はそれほど珍しくない。しかし自社の広報や営業活動のために、舞台芸術を自ら企画・制作する会社はあまり例がない。

「経営革新」とは、企業が新しい商品やサービスの開発などの取り組みを行うことで、経営を大幅に改善することをいう。中小企業経営強化法に基づき、国や都道府県が承認する。承認されると様々な支援の対象となる。

アサヒ技研工業は今年6月に「出雲平野になじむアメリカンハウス」という取り組みで島根県から経営革新計画の承認を受けた。アメリカ様式など輸入住宅の特徴をいかした幅広い世代に向けた建築様式を導入して、リフォームや修繕を行いやすくする。

計画では、「アート型営業」「アート型広報」を展開することが取り組みの柱となっている。朝日山さんが目指す、舞台芸術(アート)を取り入れた独自の営業・広報の手法だ。出雲商工会議所経営支援課の濱屋鋭一(はまやたいち)さんによると、このような手法は全国的にも珍しいという。

朝日山さんは出雲市内の高校を卒業後、国立音楽大学声楽科へ進学する。大学卒業後はソプラノ歌手となりその後、俳優・演出家に転身した。子どもの頃は“お笑い”が好きで吉本新喜劇などを好んで見ていた。吉本興業が創立した、お笑い芸人養成所に入りたいと真剣に考えていたほどだ。

大学在学中は音楽を学びながら声優の養成所にも通った。演劇は大学4年生の時に同級生に誘われて始めた。大学を卒業してすぐに自分の劇団を立ち上げる。2016年からは演出家としても活動を始めた。朝日山さんが演出した舞台は演劇の国際コンクールで奨励賞を受賞している。

俳優としてコミカルな演技をする朝日山裕子さん(左)=2017年11月

朝日山さんは2018年夏にアサヒ技研工業に入社し、今年3月に代表取締役社長に就任した。社長になった朝日山さんは、これまでの経験を会社のためにいかせないか考えた。

アサヒ技研工業は1998年3月設立の木造建築工事業を営む会社だ。これまで木造住宅事業、リフォーム業などを展開してきた。先代社長が開拓した既存顧客の多くが高齢化し、若い世代や世帯とのつながりが希薄となっている。客層の高齢化で将来的に受注の減少は免れない。新しい客層の開拓が不可欠と分かっているが、効果的な広告宣伝ができていないことが課題だった。

そこで若い世代に会社を知ってもらうために朝日山さんが考えたのが、舞台芸術を活用した広報や営業の手法だった。演劇や音楽などの催しを開くことで、これまで接点が無かった顧客との接点を持つことを目指している。

家づくりは顧客と何度も打ち合わせを重ねることで完成する。家を建てる相談を最初からするのは顧客にとって敷居が高い。まずは舞台芸術で会社や職員に親しみを持ってもらう。そのうえで話しやすい雰囲気や信頼関係を築いたのちに建築の相談に結びつける。

今年6月には創業26周年記念イベントを開催した。この時、即興演劇やコンサートを行っている。イベントには大阪から夜行バスに乗って来場した人もいたという。このイベントがきかっけとなってリフォームの受注につながっている。

朝日山さんは「将来、日本一有名な建設会社社長になりたい」と意気込む。「どうすれば、なれますか?」と真剣に尋ねる朝日山さんの目は、何のためらいもなく澄んでいた。

(有)アサヒ技研工業代表取締役社長 朝日山裕子さん
会社設立26周年記念イベントで即興演劇をするアサヒ技研工業のスタッフたち(奥の5人)と来場者=2024年6月