MENU
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
AD
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
  1. ホーム
  2. 日本
  3. 夢は脳科学者からミュージシャンへ 医学部出身のベーシスト(前編) モリモト・ハヤトさん

夢は脳科学者からミュージシャンへ 医学部出身のベーシスト(前編) モリモト・ハヤトさん

2026 8/23
日本
2026年8月23日
サン・レターズ・プレス編集
東京都内でライブ出演した、モリモト・ハヤトさん
東京都内でライブ出演した、モリモト・ハヤトさん=2026年8月3日 

2026年8月3日、ベーシストのモリモト・ハヤトさんが東京での初ライブに出演した。モリモトさんは奈良県出身だ。大学の医学部を卒業した異色の経歴を持つ。

特定のバンドには所属せず、ミュージックバーでの演奏や、サポート活動などを中心に行っている。

音楽を始めたのは小学1年生のころだ。趣味でピアノを弾いていた母の影響で、ピアノを習い始めた。

ピアノを続ける一方で、中学時代はサッカーに熱中した。運動は中学3年間で、やり切ったと感じたため、高校では文化部に入ろうと考えた。

選んだのは軽音楽部だった。モリモトさんは、軽音楽部で初めてベースに触れることになる。

目立つ立場よりも、陰で支える「縁(えん)の下(した)の力持(ちからも)ち」のような役割が、モリモトさんは好きだった。

ギターやヴォーカルのように前に出るパートより、楽曲全体を陰から支える「ベース」に自然と惹(ひ)かれた。

子どものころから続けてきたピアノは、それほど真剣に打ち込んだわけではない。ピアノを自分で選んだというよりは、兄や姉がやっていて身近にあった、という感覚だった。

真剣に打ち込まなかったからこそ、次に楽器へ取り組むなら中途半端にはしたくない、という想いがあった。

(ベースは自分で選んだ楽器だ。今度こそ真剣に打ち込もう)

子どものころのモリモトさんは、ユニークな性格だったという。興味を持ったことを深く追求し、納得するまでやり遂(と)げようとするタイプだった。

特に好きだったのは絵を描くことだ。描き始めると、完成するまで何時間でも机に向かった。

キャラクターを模写するだけでなく、複数のキャラクターを組み合わせて1枚の絵に仕上げることもあった。配色にもこだわり、想像を膨らませながら作品をつくっていった。

ベースに真剣に取り組もうと考えた背景には、こうした幼少期からの気質も重なっている。

音楽に熱中しながらも、大学に進学する時点でプロのミュージシャンをめざしていたわけではない。憧れていたのは脳科学者だった。

脳科学者になるためにモリモトさんは、鳥取大学の医学部生命科学科に進学した。医師ではなく、医学や生命科学分野の研究者(・・・)を育てる学科だ。

大学2年生の授業中、心の中で、ふと違和感を覚えた。

(自分が本当にやりたいことは、これじゃない)

ベースに対して真剣になるにつれ、気がつかないうちに、音楽への想いが研究者へのそれを上回っていたのだ。

在学中からモリモトさんは、プロのミュージシャンとして活動を始めた。卒業後は、就職せずに音楽の道へ進む決断をした。

将来への不安がなかったわけではない。それでも人生は一度きり。ここまでやりたいことに出合えたのなら、納得できるまで挑戦したい。

家族もその選択を応援してくれた。モリモトさんは授業をおろそかにすることなく勉学にも励み、医学部を卒業した。

プロのミュージシャンをめざすにあたって、在学中に偉大なドラマーとの出会いがあった。モリモトさんに大きな影響を与えた偉大なドラマーとは……。

(後編につづく)

Ad

日本
東京都内でライブ出演した、モリモト・ハヤトさん

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

Follow @saninpress
この記事をシェア

おすすめの記事

  • オープン前のシール引換所
    水木しげるロード30周年 鬼太郎ビックリマンスタンプラリー
    2024年3月6日
  • 東京都内の初ライブで2曲目の演奏を力強く終えた、ほりピさん (前編より つづく)
    エレクトーン奏者「ほりピ」さん 東京都内で初ライブ(後編)
    2025年4月29日
  • 南勝線の着工と起工式について知らせるチラシ(1974年ごろのもの)(資料提供:倉吉観光MICE協会)
    幻に終わった旧国鉄「南勝線」 廃線の記念印 限定販売
    2025年5月15日
  • 粟屋仙吉が住んでいたころの米子町=明治時代末期(写真左奥に見える小ちいさな山のあたりが米子中学校)(写真の右奥に鉄道の線路があり、その右あたりに米子駅がある。粟屋仙吉の自宅は米子駅のすぐ近くにあったと思われる)【写真提供:鳥取県立公文書館】
    原爆に散った広島市長 粟屋仙吉の青春時代 ③〈師弟愛編〉
    2025年7月30日
  • hactoさん
    福島と山陰つなぐシンガーソングライター(前編)
    2024年3月10日
  • 宮本美香さんが訪れたJR山形駅
    サックス奏者 宮本美香 販路開拓の旅(6) 旅のつづき
    2024年12月17日
  • 「名古屋マンドリン合奏団」のリハーサルで指揮をする深堀賢太朗さん(中央)
    「名古屋マンドリン合奏団」創立60周年 深堀賢太朗さんが常任指揮者
    2024年4月24日
  • 農業のネタしかやらない農家芸人「てんてらてーんあきら」さん
    人々に支えられ 農業のネタしかやらない農家芸人「てんてらてーんあきら」(第3話)
    2026年3月11日
Ad
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ

© San Letters Press|記事や画像等の無断使用を禁じます。

error: Content is protected !!