MENU
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
AD
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
サン・レターズ・プレス
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ
  1. ホーム
  2. 日本
  3. トランペット奏者 筒井奏子さん プロフェッショナルの二奏流(にそうりゅう)

トランペット奏者 筒井奏子さん プロフェッショナルの二奏流(にそうりゅう)

2025 11/20
日本
2025年11月20日
サン・レターズ・プレス編集
トランペットの演奏をする筒井奏子さん
トランペットの演奏をする筒井奏子さん

筒井奏子(つつい・かなこ)さんがトランペットを始めたのは、9歳のときだ。小学校の金管バンドに入ったことがきっかけだった。最初はトロンボーンをやりたかった。トロンボーンのオーディションに受からなくてトランペットを担当した。中学高校とも吹奏楽部に所属して腕を磨いた。いま愛知県を拠点に、ふたつの顔を持って活躍している。

高校を卒業後、プロのトランペット奏者になりたくて愛知県立芸術大学の音楽学部に進学した。大学の卒業が迫ったとき、筒井さんは人生の岐路(きろ)に立った。

まだプロとしてひとり(・・・)立ち(・・)できるだけの力が無かった。プロをめざす人の多くは、海外へ留学するかフリーランスで演奏する道を選ぶ。経済的に困難だった筒井さんは、大学の学務部に就職した。大学の演奏会を運営する仕事だった。

教授に言われるがまま応募した。運営する側をめざしていたわけではない。生活の基盤を整えるため、苦渋の決断だった。

運営に携わった最初の公演は、大学の体育館で開催された芸術鑑賞会だった。愛知県立芸術大学の卒業生が、学生に向けてサックス四重奏を行うコンサートだ。体育館の後ろから見ていて涙があふれた。自分が演奏する側ではないことに悔しさを感じた。

3年間勤務した後、公共の文化ホールに移籍してイベントの制作を担当することになった。大学で運営に携わったのは、職員や学生のクラシックコンサートがほとんどだった。ホールでは落語やジャズの公演、絵画の展示にもかかわった。

大学の外(そと)にはこんなイベントがあるのかと驚いた。音楽以外の公演も勉強したことで興味の幅が広がった。多くのジャンルに携わり仕事が楽しくなっていった。

イベント運営の仕事をする筒井奏子さん
イベント運営の仕事をする筒井奏子さん

イベントを重ねるごとに、筒井さんの気持ちに少しずつ変化が表れる。

イベント業界で働く人々は、それぞれの部門で責任を持って役目をこなすプロフェッショナルだった。筒井さんは、その一員でありたいと思うようになっていった。今ではチームの一員としてイベントの成功に力を尽くし、やりがいと誇りを持って働いている。

筒井さんは、プロのトランペット奏者になる夢をあきらめたわけではなかった。イベント運営の仕事にやりがいを感じ始めるのと時を同じくして、演奏の仕事も入り始めた。

いまソロの演奏家として活動しながら、UNIT7(ユニットセブン)というジャズバンドにも所属している。有名なサックス奏者とも共演した。

2025年12月16日にはUNIT7のメンバーとともに、鳥取県米子市の「米子コンベンションセンター」でライブを行う。UNIT7は来年2026年に、結成15周年をむかえる。

UNIT7(ユニットセブン)(前列右から2番目が筒井奏子さん)
UNIT7(ユニットセブン)(前列右から2番目が筒井奏子さん)

コロナ禍が始まる直前の2019年からは、現在のイベント会社で勤務を始めた。サンリオのミュージカルや大黒摩季さんのコンサートなど、筒井さんが運営を手がけたイベントは多岐にわたる。

コロナ禍では予定していたイベントの中止や延期が続いた。映像配信などの工夫をしながら乗り越えた。

映像配信のノウハウがなかったため、インターネット回線を会場にひけるのかを調べるところからはじまった。オンラインチケットの知識を身につけ、著作権についても学んだ。映像配信は、日ごろ会場に来ない人にイベントを知ってもらうきっかけになった。

自分がプロの演奏家だから出演者の気持ちがわかる。本番直前に話しかけないでほしいとか、譜面台の高さが違うなど具体的だ。

イベントの運営をやっていると、公演ができあがる過程やスタッフの尽力が分かる。それが自分の演奏にもいきる。運営を通じて観客から正直な感想を直接聞くことができるので、トランペット奏者として演奏する際の参考になる。イベント運営とトランペットの演奏は互いにリンクしているのだ。

イベントプロデューサーとしての筒井奏子さん(左)
イベントプロデューサーとしての筒井奏子さん(左)

筒井さんには演奏家とイベントプロデューサーという2つの顔がある。どちらもプロ意識を持って、おろそかにすることがない、大切な二本柱だ。

片方の手で「演奏家」という音を奏(かな)でながら、もう一方の手ではイベントプロデューサーという別の旋律を紡(つむ)いでいく。

二刀流(・・・)でも二足(・・)の(・)わらじ(・・・)でもない、二奏流(・・・)(にそうりゅう)だ。筒井さんにとっては人生そのものが、ひとつの「演奏」なのだ。

大学生のときに先生から「闘うな」と言われたことがある。音楽や自分と闘いすぎるなという意味だと筒井さんは解釈した。何かに煮詰まりそうになると、先生の言葉を思い出して闘わないように心がけている。

筒井さんは想いを語る。

「楽しく演奏することが結果的に、演奏を聴いてくださる方にとって少しだけ特別な時間になればと思っています」

プロのトランペット奏者として活動する筒井奏子さん
プロのトランペット奏者として活動する筒井奏子さん

関連記事

あわせて読みたい
NHK『音楽はかつて“軍需品”だった』 高木東六の「たのしい食卓」「更けゆく夜」紹介 田中俊太郎さ... NHK〈Eテレ〉で『音楽はかつて“軍需品”だった 〜幻の楽譜に描かれた戦争〜』が放送される。戦後80年の今年2025年、音楽と戦争について考えるドキュメンタリーだ。 NHKの倉庫で見つかった戦時下の楽譜を基に、幻の曲が再現された。政治学者で…
あわせて読みたい
チェリスト村岡苑子さん、新境地へ 鳥取県北栄町出身でふるさと大使も務めるチェリストの村岡苑子さんがアーティスト活動に力を入れている。 東京藝術大学出身の村岡さんは、もともと有名バンドのサポートメンバーなどを中心に活動してきた。

Ad

日本
トランペットの演奏をする筒井奏子さん

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

Follow @saninpress
この記事をシェア

おすすめの記事

  • 粟屋仙吉が住んでいたころの米子町=明治時代末期(写真左奥に見える小ちいさな山のあたりが米子中学校)(写真の右奥に鉄道の線路があり、その右あたりに米子駅がある。粟屋仙吉の自宅は米子駅のすぐ近くにあったと思われる)【写真提供:鳥取県立公文書館】
    原爆に散った広島市長 粟屋仙吉の青春時代 ③〈師弟愛編〉
    2025年7月30日
  • 会社設立26周年イベントで歌唱する朝日山裕子さん(中央の赤いドレス)=2024年6月
    舞台芸術を活用し建設業の経営革新 歌手・俳優出身 新社長の挑戦
    2024年8月22日
  • 島根県出身のシンガーソングライター 尾上明範(おのえ・あきのり)さん
    福祉施設でライブ活動 シンガーソングライターの尾上明範さん
    2025年12月2日
  • 東京都内の初ライブで2曲目の演奏を力強く終えた、ほりピさん (前編より つづく)
    エレクトーン奏者「ほりピ」さん 東京都内で初ライブ(後編)
    2025年4月29日
  • エレクトーンの演奏をする「ほりピ」さん
    ~ピアノと何が違うの?~【連載】エレクトーン奏者「ほりピ」 ひとりでオーケストラやってます♪(たぶん)② 
    2025年12月18日
  • 東京都内で初めてのライブを行う、ほりピさん
    エレクトーン奏者「ほりピ」さん 東京都内で初ライブ(前編)
    2025年4月28日
  • 米子中学校の生徒が林校長留任運動をしたころの米子駅(明治末期)
    原爆に散った広島市長 粟屋仙吉の青春時代④〈卒業編〉
    2025年8月2日
  • 「名古屋マンドリン合奏団」のリハーサルで指揮をする深堀賢太朗さん(中央)
    「名古屋マンドリン合奏団」創立60周年 深堀賢太朗さんが常任指揮者
    2024年4月24日
Ad
  • ホーム
  • 日本
  • 国際
  • このサイトについて
  • プライバシーポリシー
  • お問い合わせ

© San Letters Press|記事や画像等の無断使用を禁じます。

error: Content is protected !!