
(第1話よりつづく)
「てんてらてーん・あきら」は、子どものころからお笑い番組が好きで、人を笑わせるのが好きだった。周りの人には将来、芸人になると公言していた。高校を卒業するときは、お笑いの世界に飛び込む決心がつかなかった。
あきらは、2026年の今「農業芸人」として売り出している。農業のネタしかやらない。農業が大好きだからだ。ネタは、すべて農業の知識をいかしたものだ。たとえばレンコンの話だけで7分から8分の芸ができる。
あきらの実家は農家だ。あきらは、もともと農業が嫌いだった。夏は暑いし仕事はきつい。毎年旅行にいけるような裕福な家でもなかった。商品として出荷できないB級品が、食卓に大量に並んでいた。
冬になると白菜しか食べられない日々があった。自宅の畑で栽培して、出荷できなかった残り物だ。農業は、仕事がきつくて儲からないと思っていた。
高校1年生のとき、あきらの心境に変化が起こる。
当時、あきらの父は新規就農者に農業を教えていた。アルバイトとして手伝いに行ってやってほしいと父から頼まれた。

新規就農の人は作物の作り方を、あきらの父から教わっていたが、運営のやり方が父とは違った。
同じ農業なのに肥料をいれるタイミングが違うと、作物が成長する早さが違う。作る品目を絞ると、少ない面積でもより多く採れるようになる。同じ品目でも、品種を変えると収穫できる期間が長くなり、出荷できる期間も延びる。
細かい工夫で結果が違うのだ。作業以外にもこだわれる部分がある。違いを肌で感じることになり、農業は「いいな」と考えが変わって楽しくなっていった。新規就農の人が、滋賀県に農業の専門学校があることを教えてくれたため、あきらは専門学校に進むことにした。
専門学校で農業を学ぶにつれて、農業がますます楽しくなった。あきらは子どものころから芸人になるのが夢だった。農業を続けるのか芸人になるのか。農業が楽しくなってきたあきらに迷いが出た。
専門学校を卒業すると和歌山の実家に帰り、農業に従事することにした。20歳までの1年間、米やトマト、いちじくを栽培した。
実家に帰って農業を始めた半年後、運命の日がやってくる。
自転車で旅行中だった宮崎で、母が倒れたとの知らせが突然もたらされた。親友が13時間車を走らせて、あきらを和歌山まで送り届けたおかげか、母は命をとりとめた。病状も回復に向かった。
父は、あきらの夢が芸人になることだと知っていた。
「将来どうする? いま芸人にならなかったら、お母さんのせいにしないか?」
父は、あきらに問いかけた。
「お母さんが倒れたから、家を継ぐしかなくなって農家を続ける。何かのときにお母さんに強く当たらないか?」
父は続けた。
「自分として気持ちいいか? そうなりたくなかったら挑戦したら?」
芸人になるか農業を続けるか、ずっと迷っていたあきらの気持ちを、父は見抜いていた。
家を継いでくれたほうが、親としてはありがたいはずだ。父は、あきらの背中を押した。
(芸人やるのがこわい……。芸人やりたい……)
二者択一になったとき、あきらは芸人をやりたい気持ちが強いことに気づいた。
いつか父が倒れたら、いさぎよく芸人をやめなくてはならない。やめるときに、全部やりきったと言いたい。いまやるべきことは芸人に挑戦することだ。
あきらは、吉本興業の養成所に入る決心をした。
(第3話へつづく)
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