
2026年4月1日、アメリカ出身のベンジャミン・バンキャンペンさんが日本で英会話スクールを開業した。ベンジャミンさんはプロのチアリーダーだった経歴を持つ。アメリカNBAのプロバスケットボールチーム「ユタ・ジャズ」で5年間、プロのチアリーダーとして活躍した。
ベンジャミンさんがチアリーダーを始めたのは大学生のときだ。きっかけは幼なじみに誘われたことだった。
最初は、きれいな女性と協力してスポーツをすることが楽しかった。そのうち、チアリーディングの魅力にとりつかれていくことになる。
個人としてもチームとしても成長できるところが、特に好きだった。身体的にも精神的にも大きな挑戦があり、やりがいを感じた。
練習でも本番でも、常に完璧を目指して努力する「チームの一員」であることが魅力だった。
練習してうまくなると、ますます楽しくなっていった。新しい技ができるようになると、次々と他の技にも挑戦したくなる。
ジョン・ストックトンなど有名な元バスケットボール選手たちや、ユタ州知事の前でパフォーマンスをしたこともある。

ベンジャミンさんはチアリーディングのコーチとしても活躍した。
最も心に残っているのは、特別な支援を必要とする子どもたちに、コーチをする機会があったことだ。5回経験したが、そのたびに新しい発見があり、目を開かされるようだった。
障がいのある人々も、他の人たちと同じ機会や経験を得るに値するのだと、あらためて気づかされた。人間の限界というものは、多くが自分自身や他者によって作り出されたものだということも学んだ。人を信頼して何かを任せれば、たいていは驚くような結果を出してくれると気づかせてくれた。
ベンジャミンさんは、春から秋にかけてはラスベガスでツアーガイドとして働いた。冬になるとユタ州に帰ってチアリーダーとして活躍した。
子どものころは、自分がチアリーダーになるとは思ってもいなかった。楽しめるとも思っていなかった。振り返ってみると、人生の中でも特に楽しい時間の1つだった。
ベンジャミンさんは日本で生まれている。3歳でアメリカに移住したが、19歳のときに宣教師としてふたたび来日した。
滞在は、わずか2年間だったが日本各地に住んだ。愛知県、三重県、石川県、神奈川県などに転勤した。日本語は、このときに一から学び直した。
どこの街に行っても日本人は親切だった。2年間の滞在で日本のすべてが気に入った。
人がやさしくて、ていねい。街がきれい。食べ物もおいしい。神社仏閣などの日本文化も興味深い。将来どうしても日本に定住したいという夢を抱き、アメリカに帰国した。
夢を持ち続けたベンジャミンさんは、約30年後、父母が住む日本の鳥取県へ移住した。
2026年4月、鳥取県内に英会話スクールを開業することになった。スクール名は「ミズミイングリッシュスクール」だ。
アメリカでツアーガイドやチアリーディングのコーチをやっていたため、何かを人に教えることは得意だ。英会話スクールでもいかされるにちがいない。
鳥取県は他の地域に比べて英語の活動が少ない。読み書きだけではなく、英語を「話せる」人を増やしたい。日本の教科書に載っていない英語も、身近なものとして使えるようになってほしい。
ベンジャミンさんは和食が大好きで料理が得意だ。和食だけでなく中華料理、イタリア料理など、なんでもつくれる。
将来は料理の腕前をいかして「イングリッシュ・カフェ」を開店する構想もある。都会でもイングリッシュ・カフェは数えるほどしかない。地方となると、なおさら少ない。
お茶を飲みながら、たあいもないおしゃべりをすることで自然と英会話のトレーニングになる場としたい。英語を母国語とする外国人も集う拠点として、日本人と交流できるようにする。
日本に住みたいという夢を、30年越しで叶えたベンジャミンさん。新たな夢を実現すべく大忙しの日々を送っている。

