
(第2話よりつづく)
「てんてらてーん・あきら」は、芸人になるか農業を続けるか迷っていた。母が倒れたとき、父に背中を押されて、芸人になる決心をする。大阪にある吉本興業の芸人養成所に入った。
あきらの場合は、好きなことがそのまま仕事になった。「お笑いで食べていくぞ」と意気込んでいたわけではない。
いざ養成所に入ってみたら、意識の違いに衝撃を受けた。みんな、お笑いを本気で仕事にしたい、売れたいと意気込む人たちばかりだ。
「死のうと思ったけど、お笑いがあったから助けられた」という人もいた。心の支えにお笑いがある。これがお笑いの世界かと思った。
あきらは、ひとりで芸をやる「ピン芸人」だが、かつてコンビを組んでいたことがある。相方は大好きな先輩だった。
先輩は芝居出身の人でコントが得意だった。あきらは農業のネタをやりたい。コントは農業ネタとは相性が良くない。先輩と組むなら農業ネタはできない。でも先輩のことは大好きだ。
先輩の得意分野と自分のやりたいことが違うことで、葛藤の日々を送る。
悩むあきらの背中を押したのは先輩だった。
「お前はやっぱり、めっちゃピン芸人やわ」
コンビの解消は先輩のほうから申し出た。相方の気持ちを見抜いていた先輩は、あきらのために自ら身を引いたのだ。

大阪で6年間活動したあと吉本興業を退所して、2024年11月に、あきらは東京へ進出した。
東京へ来て環境が変わった。東と西ではお笑いの雰囲気が違う。大阪は伝統芸能の街だ。芸の厚みが重視される。ピン芸人に求められているものは、いかに新しい物を作り出すか。
東京では、見たことがないものを、いかにできるかを求められている。ピン芸人としては東京のほうが向いているかな、と感じる。
「野菜」をネタとした、芸人ナンバーワンを決める大会がある。「やさい-1グランプリ」だ。芸人の小島よしおさんが主催している。
2024年は、ひどい成績だった。農家芸人をうたっていながら「やさい-1グランプリ」で優勝していないのは悔しい。1年間死ぬ気でやるぞ、と決心してライブの本数を増やした。東と西、両方の人が笑える隙間のないネタを作ることを意識した。
その甲斐があって2025年には見事、準優勝に輝いた。
一歩ずつ芸人として成長してきたあきらだが、芸人をやめようと思ったことがある。
そんなときも、あきらを支えた人がいた。
あきらを支えたのは、どんな人だったのか。
(第4話へつづく)
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